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 音に関しては無頓着な方だ。殆ど受身で生活している。楽器の演奏も合唱も、レコード鑑賞も、流行歌や映画音楽も、それぞれ僅かばかりだが齧っている。国歌斉唱で大声を出したら、前の人が思わず振り返るほどの音程の逸脱はない。あるにはあるが些細なものだ。どうやら「受身」のあり方が、音や音楽に対しての親密性を感じさせない一等の要因になっているようだ。と言うことは、関心が薄いことの証左であり、どうでもよいとの判断になり、やがて長じて面倒くさいということになったのであろう。映像についてもいま一つ関心が薄いが、文字については真っ当な関心を持っている。音に対して積極的にならなくては、今の「音についての不感症」状態は変わりそうもない。年齢を経るにつれて、興味や関心が限定するが、好きでなかったものに多少でも切り込むことは骨が折れる。まず道筋がついていない。人に聞いても直ぐには理解できない。むしろ敬遠したくなってしまう。結局内発的な何物か、まあ欲の類には違いないのですが、そういったとものと二人ずれでやってみるより納得できる方法はなさそうだ。憧れなんかは内発性を刺激する、欲をもつことが持続性を支える。 ただある種の音、叫びとか何とか、そういったものに対しては結構敏感である。無論美的な関心ではなく、情動の反応としてのものであるが。

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